ノイズによる非平衡システムの制御
(Control of Nonequilibrium system by Noise)


通用、ノイズといえば不要な信号で、その発生原因と除去方法の研究が求められる。電気機器などの誤作動の心配はなくしたい、またノイズのない快適な環境で暮らしたいと願うのが我ら人間であろう。しかし、ノイズはそのネガティブなイメージばかりではない。例えば、1/fノイズは扇風機からの風を自然らしき風へと変えるところに応用されている。また、普通は認知できない微弱な信号に適切なノイズを加えることによって、その微弱信号が検出できることもある。これは確率共鳴現象として広く知られている。

一方、「自発・自律性、階層性、自己組織化」などの新しい概念を生み出す非平衡散逸系の研究が近年、急速に発展している。非平衡散逸系の研究は、リズムやパターンを自発的に作り出すBelousov-ZhabotinskyBZ反応系を中心に、対流系がその典型的な対象とされ、理論及び実験研究の成果が多く報告されている。本研究で取り上げた電気対流(Electrohydrodynamic convection: EHC)は、異方性流体である液晶にある電圧以上の正弦波を印加すると系内に発生する[1()]。液晶系はその異方性から通常の熱対流(Rayleigh–Bénard convection)とは比べものにならないほど多様な対流パターン(散逸構造)を提供し、対流パターンの博物館と言われている。さらに、EHCは電気制御現象であることから、非平衡散逸系におけるノイズの応答性を調べる格好の対象として精力的に研究されてきた。

 本研究では、まず、最も単純なロール対流パターン(Williams domain:WD)に外部電気ノイズを印加した場合、そのWD発生閾値(Vc)の変化を調べた。ホワイトノイズにおける閾値変化特性b [WDのノイズ応答感度:1 ()の直線の傾き]に関するこれまでの研究結果を踏まえて、外部カラーノイズの特性時間τN [= (2πfc)−1]を定量的に制御しながら、bを調べた。1 ()の結果を定性的にいえば、次のようなことである。ある閾値(Vc0)で発生した安定なWDに外部電気ノイズが対流発生を邪魔するので、ノイズ強度(VN)に比例してWDの正弦波閾値電圧(Vc)が増加する(b > 0)。これは(対流発生のために必要となる)周期的な正弦波に反するランダムなノイズ振動を考えると直感的に理解できる。その実験結果を説明する理論もこれらの研究の初期ごろにすでに報告されていた。しかしながら、この直感的な理解はあくまでホワイトノイズ(τN → 0)を考慮した場合に限定されることが最近分かってきた。図1 ()で示されているように、カットオフ周波数(fc)が20 kHz以上のホワイトに近いノイズのみに理論式との一致が見られる。
 ここで、本研究ではカラーノイズの外部特性時間(τN)と液晶系の内部特性時間(τσ)を導入して以下のようなノイズ応答感度を提案した。

      bmod =b[1- h(τN/τσm)]

ここでのh及びmは実験で決定される。上式は、極端にカラー化した場合(fc = 1 kHz以下)を除いて、実験結果との良い一致が見受けられる[1()]。特に、対流発生を抑制するノイズ(b > 0)だけではなく、それを助長するノイズ(b < 0が存在することが分かる。さらに、上式の液晶系の内部時間特性τσ)に合わせて外部ノイズのカットオフ周波数(上式ではτN)を適切に選ぶと、ノイズの効果が現れないこともある(b 0)。

通常の共鳴現象がシステムの固有時間特性(固有振動数)と外部強制力の時間特性(強制振動数)との関係で決まるように、外部ノイズもそのカラー化(τN)と対象システムの内部時間特性(τσ)との関係が重要で、ノイズ効果はその関係によって質的に異なることが本研究で明らかになった。液晶系ではτσ(電荷緩和時間)以外にもいくつかスケールの異なる特性時間が存在する。カラーノイズの時間スケールとマッチングするものを探し出すことが重要である。最近、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、脳科学などの分野で試みられているノイズによる制御・応用において本研究の結果は示唆する点が多い。  



1.電気対流の模式図とWilliams domain(左)、カットオフ周波数によるノイズ応答の違い(中)、ホワイトノイズを考慮した従来の理論とカラーノイズを考慮した本研究の提案式(右)。

関連論文の日本物理学会での紹介(Papers of Editor's Choice)